2017年12月10日日曜日

み仏のかんばせ


 安住洋子 『み仏のかんばせ』 小学館文庫 570円+税

 安住は1958年尼崎生まれ、時代小説作家。3年ぶりの新作。人情物が得意だが、本書では主人公が修羅場をくぐる。
 
 

 志乃は女郎に売られ、逃げ、男と偽って首斬り役人・山田浅右衛門に中間奉公する。主人の側に使えて剣術も学んで10年、役目の途中、大事な罪人の肝を強奪され辞職する。針売りになって女として生き直す。志乃は主家出入りの大工・壮太と再会、志乃は壮太が自分のことを覚えていないと思った。中間時代、壮太の笑顔に癒されていた。

ふたりとも人には言えない身の上、壮太は志乃を襲った盗賊一味。互いに秘密を隠し、家庭を持つ。壮太は訳ありの観音像を志乃に見せる。いっしょになっても、志乃は浅右衛門に危ない仕事を手伝わされ、壮太も盗賊を続けていたが、過去の事件を解決する。子どもが生まれ、観音像に手を合わせ平穏な生活を送る。そこに因縁が蘇る。家族が支え合い、良い方向に持っていこうと懸命に努める。

強奪事件で壮太は刃を交え、志乃が女だと気づいていた。壮太が回想する。

〈肌のきめがなめらかで毅然とした顔つきだった。男でも女でもなく、この世のものとは思えない、肌の内側から発光するように輝いていた。そこに志乃の生き方が現れているような気がしたんだ。(後略)〉

 ふたりの秘密は大きすぎるが、誰にも小さな秘密はあるだろう。ふたりはささやかな幸せを大切にしようと前を向く。過去のしがらみさえも受け入れていく。

(平野)

2017年12月7日木曜日

日本の詩歌


 大岡信 『日本の詩歌 その骨組みと素肌』 岩波文庫 
640円+税

 1994年、95年にフランスの高等教育機関コレージュ・ド・フランスで、日本古典詩歌と言語・文字など日本文化の特質を講義。単行本は95年講談社より、2005年岩波現代文庫。
 

1 菅原道真 詩人にして政治家
2 紀貫之と「勅撰和歌集」の本質
3 奈良・平安時代の一流女性歌人たち
4 叙景の歌
5 日本の中世歌謡

 
 
 大岡は、「日本の文学・芸術・芸道から風俗・習慣にいたるまでを、根本のところで律してきた和歌というものの不可思議な力、それを出来るだけ具体的にとりあげ、説明してみたい」と、まず、菅原道真の漢詩から始める。
 道真の時代(平安初期)はまだ仮名文字が普及していない。公式文書は漢文、詩は漢詩。「学問の神様」道真は学者で政治家。左遷を経験し右大臣に昇進、最後は太宰府に追放。死後は「怨霊」と恐れられ、祀られた。
 日本人でも彼の詩を知る人は少ないだろう。どんな詩なのか。華やかな宮廷の宴の詩もあるが、友を励ます詩、市井の人々の暮らし、地方での生活、政治腐敗、学者批判など社会的問題も扱う。

……道真の詩、特に讃岐時代の詩や九州太宰府への追放時代の詩は、喜びや哀しみ、怒りや苦しみの表現において、常に具体的に原因と結果を明示する書き方をしており、主体である詩人自身の立場は明確であり、社会事象に対する彼の反応も明確に表現されています。〉

 漢詩と比較して和歌は短い形式、主語も省略される。

〈和歌の表現は、暗示と極端に少ない量の情報によって成り立っています。そこに存在するのは、具体的な事物や事件の精細な描写ではなく、それらと出会った時の、作者の感動の簡潔な表現です。具体的な事実への言及は、感動の表現にとっては必要な範囲で最小限に行われるだけです。〉

 仮名の発明、普及で詩歌は漢詩から和歌に移る。「きわめて短期間にこの劇的変化は成就」した。

〈彼の用いた詩型が中国伝来の漢詩であったことが、この忘却の一つの原因であったことも明らかですが、彼がこのような詩を書きえた理由も、まさに漢詩という形式を使った点にあったのですから、思えば矛盾そのものを生きた詩人でありました。大きな深淵が漢詩と和歌との間には横たわっていたのでした。〉

(平野)

2017年11月25日土曜日

スリップの技法


 久禮亮太 『スリップの技法』 苦楽堂 1666円+税

 久禮は1975年生まれ、フリーランスの書店員。新刊書店の選書や業務の他、書店員研修を担当する。


「スリップ」とは、本11冊に挟み込まれている細長い紙。出版社名・書名・著者・コード番号などが記載されている。読者にはあんまり役立たないが、書店にとって重要な情報が詰まっている。売上の証拠・記録であり、これに店のハンコを押して取り次ぎ会社や出版社に発注する注文書として使う。現在はレジのPOSシステムで売上データが集積され、発注もオンラインで行うから、書店現場ではこのスリップはほとんど利用されていない。しかし、久禮はこのスリップを重要視して活用し、業務に役立てている。

〈売れた書籍のスリップを集めた束は、売れ冊数や売上金額といった抽象的な数字に化ける前の具体的な「売れたという事実」を、個別に、かつ大量に扱いながら考えるための優れた道具です。〉

 久禮はこのスリップを在庫管理や発注に使うだけではない。レジ業務をしながらスリップを整理し分析する。発注・関連書・陳列の手直しをするための備忘録、同僚書店員への業務連絡メモ(本の動き、関連本などヒントや注意事項)、他の本へのつながりを考え発注・陳列の参考。それに久禮の真骨頂が、スリップを見てどんな人が買ったのか想像をめぐらすこと。まとめ買いのスリップは輪ゴムやクリップでまとめておくようにしている。それらから想像が広がり、妄想もする。

〈具体的な読者像を描き出し、そのバリエーションを増やしていくことで、書店員ひとりの狭い視野では気づくことのできなかったさまざまな視点から発注や陳列ができます。〉

 まとめ買いの数冊から読者の職業・嗜好を想像する。その人が棚をどう回遊したのかを追うことで意外な本のつながりを読み取る。関連本、品揃えをさらに検証する。スリップは《次にやるべき仕事リスト》だ。

 久禮は頭の固いスリップ至上主義者ではない。スリップを検証したうえで、POSやWEBの情報と連携させる。

〈スリップに書き込むメモは仮説であり、ときに妄想でもあります。その頭を冷やすブレーキがPOSのデータです。ただ、ブレーキだけでは売上も僕自身のやる気も徐々に減速してしまいます。スリップを見て「次はこんな品揃えならお客様も喜んでお財布を開いてくれるんじゃないか」と期待感を高め、アクセルを踏み、本を実際に仕入れることで、売り場を新陳代謝させ、売上を伸ばしていくことができます。〉

久禮はこれまで培った《スリップの技法》を惜しげもなく披露する。誰でもがすぐにできることではないけれど、本を売ることの楽しさと喜び再発見につながると思う。

写真は、11.24神戸で開催された「勁版会第402回例会 『スリップの技法』著者・久禮亮太さんトークイベント」。実際の売上スリップを使っていつもの作業を見せてくれた。
 

 

(平野)私は現役時代スリップ主義者であった、と言ってもご大層なことではなく、POSレジなどない前近代的経営の店だった。働く者も、「そんなもんいらん!」と思っていた。お子さん連れのお客さんが「ピーしてもらおうね」と来られると、レジ担当者が「ピー」と言って手渡していた。

2017年11月23日木曜日

365日のほん


 辻山良雄 『365日のほん』 河出書房新社 1400円+税

荻窪《本屋 Title》店主。Webページで「毎日のほん」を毎日更新、それに新刊紹介も行っている。
 私は本書をそれらの情報をまとめたものと思っていた。たいへん失礼いたしました。すべて書下ろし。本屋経営に加えて、連載やらインタビューやら引っ張りだこなのに、一体いつ寝ているの?

〈毎日、書店の店頭には数多くの新刊が入ってきます。日々、それに触れることを繰り返しているうちに、「光って見える本」が自然とわかるようになりました。著者の内にある切実なものをすくい上げ、生まれるべくして生まれた本には、はじめて見たときでも「ずっとこの本を待っていた」という気持ちにさせられるものです。そうした強い必然性を持った本は、ぱっと見ただけで、他の本とは違う輝きを放っています。〉

 装幀もサイズも本文インクも、かわいい! 爺さんが手に取っていいものか、すこし戸惑う。《考える本》《社会の本》《ことば、本の本》《文学・随筆》《自然の本》《アート》《くらし・生活》《子どものための本》《旅する本》《漫画》など柔らかくジャンル分け(複数のジャンルになる本も)し、春夏秋冬を考えて配列。
 たとえば11月は《考える本》、國分功一郎『暇と退屈の倫理学』で始まる。
〈哲学は古くカビが生えたものではない。/哲学とはいつの時代でも、「どうやって人間らしく生きるか」を真剣に考えることだ。(後略)〉
 続いて、《アート くらし・生活》、『柚木沙弥郎 92年分の色とかたち』。
〈歳を重ねるごとに若くなる。自由に布のうえで舞い、踊る、色とかたち。/「芸術」や「民藝」といった大げさなことばのうえには納まらず、みずみずしい驚きを追いかけた人生。(後略)〉

 本を読むこと、選ぶことが楽しくなるよう提案してくれている。
《Title》店内を回遊している気分。
 
 

(平野)著者のお店で購入すると特典あり。

2017年11月21日火曜日

戦争育ちの放埒病


 色川武大 『戦争育ちの放埒病』 幻戯書房 4200円+税

 単行本・全集未収録の随筆86篇。


「本が怖い」

〈本屋にはわりに頻繁に出入りする。びっしり並んだ本を、ただ黙っていつも眺めている。ああいうときの、ふわッと自分が軽くなっていくような、とめどなくぼんやりして眠くなってしまうような気分が悪くない。〉

 本はあまり買わないが、あれこれ買ってしまう。でも、読まない。買って家にあるとページを開いて読んでしまう。本は読まないようにしたい。買って置いておくだけでも健康に悪いのに、読んでしまったらどうなるかわからない。作家になってから、「本を開けるのが怖い」。読み出したら萎縮して書けなくなると思う。

〈情けないが売文しなければ生活がおぼつかない。したがってできるだけ毒にも薬にもならぬことを記して、社会のお邪魔にならぬよう隅っこでお茶を濁している。が、ほかの人はそうではあるまい。本というものはそれなりに著者の力の結晶であって、そういう力感に私は出遭いたくない。私は何も見ず、何も聞かず、何も読まず、このままなんとかごまかして手早く一生を終えてしまいたい。〉

 色川は戦争ですぐ死ぬと思っていた。どんな死に方をするか、死ぬまでどう生きるかしか考えなかった。戦争が終わって生き延びた。歓喜と同時に、死んでいった人たちのむなしさを思う。

〈一度あったことは、どんなことをしても、終らないし、消えない、ということを私は戦争から教わった。〉

 色川の「戦後」は終らなかった。

(平野)

2017年11月18日土曜日

個展


ヨソサマのイベント

 竹内明久「モトコー切り絵展 犬の記憶。人の眼差し。」

11.142620日休み) モトコー2 プラネットEartH

故成田一徹のお弟子さん。元町高架下の人と店を描く。モトコーはJRの線路の下、再開発計画で存続の危機にある。


 


ギャラリー島田、毎年大人気の二つの展覧会、同時開催。

 石井一男展

11.2512.6 11001800 (最終日は17:00まで)

25(土).26(日)は930より整理券配布。


 

 須飼秀和展

11.2512.6 11001800 (最終日は17:00まで)

 

(平野)
 

2017年11月14日火曜日

港の人


 北村太郎 『港の人 付単行本未収録詩』 港の人 2200円+税

〈荒地〉の詩人・北村太郎(192292)の『港の人』(1988年、思潮社)を復刊。
 解説・平出隆、ケースの絵・岡鹿之助「古港」。

……家庭を捨てた北村太郎が、彼を労わる者たちの圏内からもやがて離れて、みずからを横浜という固有の都会の中へ解き放とうとする姿をとどめた詩集である。(後略)》(平出)

 


《むかし船員になりたいとおもったことがあった
いちばん下っぱの水夫がいいなとおもった
ペンキくさい底のほうで
労働するのはわるくないぞとおもった
そのころのぼくの愛読書はコンラッドで
なかでも『台風』とか『青春』とかの海の小説が気にいっていた
そんなのんきな夢は
とおいとおい昔のこと(後略)》
 QE2を見にやました公園に行く。船は「ごく静かに」「遅いような早いような速度で」出港していった。
「人生の一日はいつもあっという間に終わってしまう」
 帰り道、あの作家は船長の資格を持っていたことを思い出す。

(平野)
北村の詩集を社名にした出版社、本年創立20周年。