■ 小沢信男 『捨身なひと』 晶文社 1900円+税
まえがき より
小沢は10代で結核。敗戦前後の「天下激変のさなか、終始詩文愛好の徒」であった。同病の詩人を愛し憧れたが、夭折したくはない。
「詩はいのちがけで書くのだな。してみれば詩を手放せば生きていられるのかもしれず」
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某日、旧知の中川六平氏が「晶文社顧問」の名刺を持ってあらわれて曰く。汝がこれまでこの一筋につながる心意気で生きてこられたのも、ひとえに、花田清輝、中野重治、長谷川四郎などの諸先輩にひきたてられ揉まれてきたおかげでしょう。この人たちについて、あれこれ書いてきたものを、このさい一冊にまとめましょう。あなたは生き残りなんだからね、後世へ、一つの時代の小さな証言ぐらい、せめて置き土産にしなさいな。
ずけずけ言って立ち去る六平さんの後ろ姿を、伏し拝む。二〇代のなかばのころ、たまたま新日本文学会という団体へひっぱりこまれたのが運の尽き、ないしは運の付きはじめ。爾来半世紀、食うや食わずに食えてこられたのは、その間のあれやこれやをひっくるめて煎じつめれば、あのコワモテで多士済々の会にいて、さまざまな人々に出会えたおかげなのでした。……
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新日本文学会の人たちについては『通り過ぎた人々』(みすず書房)に書いたが、中川が挙げた3人は入っていない。「詩にいのちをかけた生涯の友」2人を加えて本書を編む。
Ⅰ 一をもって貫く――花田清輝
Ⅱ 世のひとびとと天皇と――中野重治
Ⅲ 一寸さきは光――長谷川四郎
Ⅳ 死者と生者と――菅原克己
Ⅴ 満月や大人になっても――辻征夫
「畏敬の先輩、敬愛の後輩」 より
2000年1月辻征夫の葬儀、火葬場で大きな骨を拾いながら、1974年花田清輝骨揚げのことを思い出す。
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花田清輝は肩が盛りあがり、眼光炯々、突進するヴィクター・マチュアのようで、酒を好まず、おお怖わ。やむをえざるとき以外は、なるべく近づかないようにしていました。
辻征夫は撫で肩で、目尻も下がり、寝ぼけたアル・パシーノのようで、呑べえで、彼がいるだけでそこらが、なんとなく明るくなるのでした。
まるでちがうタイプなのに、おもいうかぶやこの二人が呼応をはじめた。畏敬の先輩、敬愛の後輩、その急逝の衝撃波が、二十六年をへだてて共振するごとくでした。……
花田清輝は捨身の人であった。……
辻征夫は捨身の人であった。……
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5人は、文学、芸術、詩、社会運動に「捨身」で立ち向かった人たち。
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…… 畏敬する諸先輩、敬愛の後輩のことどもを縷々語りながら、たどりなおせばあのひよわな文学青年が、いきなり文学老年になっているまでの、わが生涯の決算の書でもあるような。ひぐらしやきのう少年きょう白頭。
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小沢は、重篤の病床で編集を続けた“中川六平”に本書を献じる。
ブックデザイン 平野甲賀 カバー絵 ミロコマチコ
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(平野)