2013年10月31日木曜日

【奥】のおじさん


 日記 1031日 木曜日

 店の残務を片付けてから、J堂。

 ほしい本はいっぱいあるけれど、ガマン。

 娘が立ち読みで見つけて教えてくれた『法学教室』11月号の「巻頭言」を一読。

 
 交告(こうけつ)先生「海文堂のない元町通」。

縁のない専門雑誌だけれど買わねばならぬ。内容後述。

あとは文庫・新書・選書を1冊ずつ。

忘れちゃいけない、妻に頼まれた雑誌2冊。

レジに行くたびに「ポイントカード~」と言われる。

J堂は『黒子のバスケ』脅迫問題での対応が評価されている。さすがJ堂で、それだけでも十分と思うけど。

そういう問題ではないのね。
 

 
「海文堂のない元町通」交告尚史 『法学教室』11月号「巻頭言」

 筆者は神戸大学出身、神戸商大、神奈川大学を経て東京大学大学院教授、行政法。

 

……

 昔神戸で19年もの間暮らした。横浜に移って同じほどの時が流れたが、今でも神戸に行けば立ち寄りたい場所が幾つかある。その1つが元町三番街の海文堂書店。2階に配置された海事関係の書物がまさにこの店の売り物であるが、一般書の品揃えにも主張がある。1階左側には内外の小説が作者別にぎっしり並んでいるし、奥の方に入ると哲学や心理学などの一角があって、ここにはかなり重厚な本が集めてある。それほど広くもない店内を1周してくる間に、こんな本が出ていたのかという発見の悦びを味わうことができるのだ。

……

 

 ギャラリー、地元芸術家支援など元社長の活動も紹介。

 812日にご来店、奥のカウンターで(多分)F店長に、「横浜から来た者ですが、閉店されるのは本当ですか」とお尋ねになり、店長がざっと事情を説明したよう。出版や不動産が残っても、「元町に海文堂がなければ何の意味もない」と書いてくださっている。

 閉店の背景は、三宮集中、震災後の港の衰退と人の流れ減少など。しかし、「より根本的なのは、人々の書物との接し方に見られる変化」=ネット販売・電子書籍普及で書店に足を運ばない人が増えていること、と。

 書店経営についても。

 

……

 人と書物の関係がこのように変化すると、品揃えに対するこだわりが書店経営のあり方として意味をもたなくなる。書店としては、売れ筋の本をたくさん置くことをもって営業の基本方針とせざるを得ないであろう。(略)その結果、おそらくはどの書店にも大体同じような本が並ぶことになってしまう。

 そこで問題は、そうした均一化した書店文化をあなたが受け容れられるかどうかである。万物は流転し時代精神に適ったものが生き残るのだと割り切るか。私は、どこへ行っても個性的な書店にお目にかかれる社会が続くことを願う。多様性なるもの、一旦失われると回復は容易でない。

……

 

 

交告先生、有斐閣『法学教室』編集部の皆様、地方の一書店のことを取り上げていただき、ありがとうございます。

 

(平野)
 ゴローちゃんが徐々に体裁を整えてくれています。

今週末ブログを休みます。
ではでは。



 

2013年10月30日水曜日

流れに抗して


 
 鶴見俊輔 『流れに抗して』 編集グループSURE 1900円+税 

目次と初出

理知と感情と意志――与謝野晶子の政治思想 (与謝野晶子『愛、理性及び勇気』講談社文芸文庫・解説 1993年)


ウフフの哲学 (日高六郎・針生一郎・菅孝行共著『戦後とは何か』青弓社 1985年)


『市民の暦』から (小田実・吉川勇一共同編集『市民の暦』朝日新聞社 1973年)

未来の形についての不確かな手がかり (河合隼雄他共著『昭和マンガのヒーローたち』講談社 1987年)

足にやどる定義 (大江健三郎『新しい人よ目ざめよ』講談社文庫・解説 1986年)

加太こうじのこと (「活字以前」第50号 2013年)

阿伊染德美のこと (「活字以前」第51号 2013年)

共同研究「転向」をはじめるまで (『共同研究 転向』1 平凡社東洋文庫 2012年)

流れに抗して――あとがき


「ウフフの哲学」より。 

 ジョージ・オーウェルのエッセイ「右であれ左であれわが祖国」の考え方を紹介し、自身の「わが祖国」に対する思いを書く。右であろうと左であろうと祖国なのだから政府の決定に従う、ということではない。

 時の首相の「浮沈空母」「日米運命共同体」発言(1983年)。彼は戦争中すでに教養を身につけた成人だったはず。心の痛みなくこう発言できる政治家に対する時、鶴見は「この国の伝統の中から、これとわたりあう力を探したい」と書く。

……

「もう日本は絶望だ」と言えないところがあるのですね。探り続けなければならないから、そこに我々が生きているから。どんなに伝統の層が薄くとも、つまり鉱山だったら本当に薄い層で、ほんの少ししか望む鉱石が得られないとしても、そこから探し続けたいということですね。それが「右であれ左であれわが祖国」という問題なのです。もしその薄い鉱脈、この国の伝統から探しあてたものが主として自分の考えに反するものであるならば、いやなものばかり探しあてたら、それ自身が自分の養いになるような、そういう仕方で生きたいと思うのです。
 日本の伝統を美化したいということではない。くだらないから、ここ掘れワンワンで、悪い方の犬が指示したら、もうゴミばかりでてきたでしょう。しかしそれが我々の伝統であるなら仕方がないというふうな覚悟でとにかくやってみたいですね。そういう方法はあるはずだと思うのです。伝統を無理に歪めて美化することなしに。それがわたしにとっての今の問題であり、方法です。

 ……

 SUREの本はこちらからお申し込みください。


 私は三月さんで買いました。

◇ 日記 1030日 水曜日

「ほんまに」進行中。F店長とゲストKさんの対談に同席。映画サークルUさん、「くとうてん」3名。凮月堂にて。例によって、私は美女たちに見とれて過ごした2時間半。
 
(平野)

2013年10月29日火曜日

古書ミステリー倶楽部


 ミステリー文学資料館編 

『古書ミステリー倶楽部』 光文社文庫 800円+税 

 

二冊の同じ本  松本清張

怪奇製造人  城昌彦

焦げた聖書  甲賀三郎

はんにん  戸板康二

献本  石沢英太郎

水無月十三么九(みなづきシーサンヤオチュー)  梶山季之

神かくし  出久根達郎

終夜図書館  早見裕司

署名本が死につながる  都筑道夫

若い沙漠  野呂邦暢

展覧会の客  紀田順一郎

倉の中の実験  仁木悦子

解説  新保博久

 

口絵は江戸川乱歩(「貼雑年譜」より)。

 



『ビブリア古書堂の事件手帖』のヒットで若い人にも古書ミステリーが人気。

 教会の秘密が隠された中世の写本をめぐって秘密結社が暗躍、世界にただ1冊の稀覯書を奪い合う殺人、というほど大規模な事件ではないけれど、古本と人間のミステリアスなドラマ(殺人もある)12篇。

 元の持ち主の書き込み、古い日記帳、本に隠された証拠のメモ、推理小説の犯人を教える記述、献本に秘めた恋と殺人、書物愛が嵩じて人の皮膚で装丁、古書展と怪しい客の話など。

 

 梶山・野呂・紀田作品は既読。でもね、だいぶ読み進んでから、あーあー、と思う。野呂作品にいたっては、終盤神戸の街が出てくるのをすっかり忘れている。

 

 出久根作品。子どもの時なくした童話集を40年経ってとんでもないところで発見してしまう。なぜそこに自分の本が? 2ページ半の掌篇。

 

 日記 1029日 火曜日

 残務作業は午前中で終わる。
 灘の古本屋さん「ワールドエンズ・ガーデン」の「海文堂思い出の一冊展」。

 キッチンミノル撮影の写真展示。夏葉社写真集には収録されていない写真も。

 お客さんの「海文堂で買った本」。あの人もこの人も参加。

 



「乱歩」論と「竹中郁」。

(平野)

2013年10月27日日曜日

辞書の仕事


■ 増井元(はじめ) 『辞書の仕事』 岩波新書 760円+税 

 編集の仕事でも、文芸書やファッション雑誌、カルチャー誌は目立つ存在でしょう。

 著者は岩波書店の元辞典編集部長。2008年退任。『広辞苑』『岩波国語辞典』編集の他、「辞典編集部」編の本で執筆。

「辞典編集者になりますか」より。

 

……
編集の仕事の中でも、雑誌や単行本の編集を希望する人は多いのに、辞典の編集というのはちょっとぴんと来ない、というふうに受け取られています。少なくとも辞典の職場で過ごした約三〇年間に、是非とも辞典の仕事がしたくて志願してやってきた、と公言する人にはでありませんでした。
……

 

他の編集についた人なら、「努力の結果」が「本」という形で出る。しかし、辞典刊行には時間がかかる。途中で異動があるかもしれない。

 

……

 
すぐに自分の思い通りにならなくても、気を長く持って毎日の仕事をこなしてゆく、これが自分の仕事だと思えるようないと勤まりません。世間にはそういう仕事はいくらでも普通にあって、辞典編集者が特別だというものでもないでしょう。仕事の中身も、格別に頭をくるくる忙しく働かせるよりは、いつも目の前の記述についてこれで良いのかと確認を重ねて進めてゆく、そんな仕事です。
……

 

 原稿だけが仕事ではない。事務の側面が重要。編著者はもちろん印刷屋さん、紙屋さんとのやりとり、費用について経営者との折衝、広告・宣伝、書店への販促、それに読者からの意見・質問や苦情に対応。

 

……

 
大事なことは、これは資格というか資質というか、ことばに対する興味・関心を強く抱いている、抱き続けてゆける、そういう人でないと仕事自体がつまらないでしょう。
……

辞典編集者としての前提・条件をあげる。

(1)  ことばに対して強い関心を持っていること。

 当然本が好きで読書量が多いだろうが、可能な限り多種類の日本語に大量にふれていることが大事。エンターテインメント系小説、謹製・近代の小説・随筆、明治・大正・昭和初期の風俗やその時代の自伝、落語、講談など。

(2)  日常使っていることばの使用例を可能な限り多数想起できること。

 ひとつのことばについて多くの異なる用例を収集。

(3)  現代日本語表記についてのルールを理解していること。

 常用漢字、旧字、異体字、音訓、画数、筆順、送り仮名、仮名遣い、外来語。さらにそのルールについての問題点について考えていること。

 

第一章 辞典の楽しみ  無人島の辞書 辞書で遊ぶ 辞書かがみ論 ……

第二章 ことばの周辺  駆け出しの辞典編集者 「ゴリラのような奴」とは 「甘酒」は夏の季語? ……

第三章 辞典の仕組み  「見出し」の悩み 解説のある場所へ 「幸せ」のない辞典 ……

第四章 辞典編集者になりますか  辞書の文体 不適切な用例 ……

第五章 辞典の宇宙へ  辞典の紙 手描きの挿画がなぜよいか 辞典、各社各様 ……

 

 地道な作業、辞典作りならではのドラマなど、辞典一筋30年のエピソードの数々。

『広辞苑』は累計1千万部販売の中型国語辞典。文筆家が言葉の説明をするのに、「広辞苑によれば~」「広辞苑には載っていないが~」とよく引き合いに出す。

 川柳に、

 人の世や嗚呼ではじまる広辞苑 (橘高薫風 きつたかくんぷう)

 とあるそう。

 ただ、『広辞苑』の最初の見出しは「あ」。

 

 刊行した後の点検・修正がある。編集スタッフだけの検討に読者からの意見も結集できる。改訂という作業がすぐに始まる。読者からこのことばをいれてほしいということもある。

 ある読者が地元の歴史的事項についてその重要性を改訂のたびに説明してくる。編集部もそのたびに議論し検討する。その事項が最新の第六版で収録されたのだが、その読者は既に亡くなっておられた。最初の手紙から20年の歳月が経っていたそう。
 
(平野)

2013年10月26日土曜日

【奥】のおじさん


 日記 1026日 土曜日

 雨があがり、思いたって京都。

 京都市美術館、三月書房、メリーゴーランド。
 


 

  寺町、ン万円の松茸見て、かまぼこ屋さんで「まつたけしんじょう」。

 
 
NR出版会HPNR版元代表インタビュー2」 

インパクト出版会 深田さん 「メディア本来の異議申し立ての姿勢を貫く」


 

ギャラリー島田HP 「蝙蝠日記」
http://gallery-shimada.com/koumori/?p=347

(平野)

2013年10月24日木曜日

ことばと創造


 鶴見俊輔コレクション4 『ことばと創造』 黒川創 編 河出文庫 1400円+税 

 漫画、映画、漫才、落語、ストリップなど、大衆娯楽文化芸術批評。シリーズ最終巻。

 
「一つの日本映画論―「振袖狂女」について」より。

「高級でない映画をおもしろく見てきた」

時代劇映画「振袖狂女」(1952年大映作品、川口松太郎原作、長谷川一夫主演)を、「面白いと思って見たので、どこが面白かったかを、自分でなっとくのゆくように再現」した文章。

この中で以下のように書いている。

……

 ぼくは、文化人たちと、好みの上でのへだたりを感じる。好みの上でのへだたりだけでなく、思想の上でも、へだたりを感じる。

 理由は、こどものころの経験のちがいにあると思う。ぼくは、はじめの記憶をたどってみると、最初のものと思われるものの一つが、新聞の上に大きくインサツされた殺人鬼オニクマの顔だ。これが四歳のときで、そのあと、よみものとして、宮尾しげをの「団子串助漫遊記」「猿飛佐助」「一休さんと珍助」「今べんけい」「足りない茂作」などがあった。

……

(「オニクマ」 1926年千葉県で起きた殺人事件。岩淵熊次郎が女性関係のトラブルで4人を殺傷し逃亡の後、自殺)

 

本の綴じがバラバラになるまで読む。小学2.3年生になると講談本。「ほおがこけて真っ青な顔になるまで読んだ」。くりかえしてでも14冊読む。学校にも持って行った。教育上よくないと、優等生がたびたびカバンの中を検査した。

そのころの読み物から「今の自分にひとすじ、つながっている」。交番の前を通るのがいやだった。講談本の主人公たちが政府の手先に追われたり殺されたりする話と警察・軍隊への憎悪・恐怖が結びついている。

 

……
 
ぼくの反抗は、こういうヤクザモノの風儀から自由でないということで、今ももろさを持っているが、しかし、政府が悪いものだという考え、権力者が茶化されるべきものとしてあるという考えは、漫画と講談とが、ぼくの心の深くに植えてくれたものとして今日もあるのだ。そのあと、トマス・ペインとか、エマソンとか、クロポトキンを読んだが、これらの人の書物が、漫画や講談の影響をぬぐいさり、それらに完全におきかえられるものとして、出て来たのではない。前のものの残した痕跡は、ぼくの上に残っている。

……

 

 日記 1024日 木曜日

 ゴローちゃんのリツイートにあった、「くらおり」の「いとをかし」に【海】がモデル云々、というのが気になって検索すると、『まんがくらぶオリジナル』連載漫画であった。

[海本堂書店]F店長らしき[店長]も登場。

 

 JR灘駅近くの古本屋さん「ワールドエンズガーデン」企画「海文堂思い出の一冊」。


 

 空犬さんから吉祥寺書店員の皆さんが作られたフリーペーパー「ブックトラック」をいただく。

 NR出版会からも「新刊重版情報」到着。

 書店員でなくなったのに。
 ありがとうございます。
 
(平野)

2013年10月23日水曜日

恋地獄


 花房観音 『恋地獄』 メディアファクトリー 1600円+税 

 山村美紗は京都中で殺人事件を起こしたが、観音は京都のあっちこっちでエッチ。歴史・伝説・歳時記を折り込み、物語を紡ぐ。

本書は官能&怪談。哀しくて怖い人間の情念。

 

 鷹村妃(きさき)、作家37歳、京都の町家――涸れ井戸がある――に移り住む。愛しい男は妻子ある映画監督。京都は彼が生まれ育ち初作品を撮影した土地。

 編集者が幽霊話を依頼してくる。一緒に代々「墓守」を生業としている老婆・志乃に会う。

 志乃は18歳の時、恋に落ちた。自分は婿を取って「墓守」を継ぐ身、男は老舗旅館の長男・勝介。周囲の猛反対に、彼は志乃の家の鳥居で首を吊る。彼の首が今も床の間で自分を見ていると、志乃は言う。19歳で嘉太郎と結婚。彼はすべてを承知、仲睦まじく暮らした。勝介の首はずっと見ていた。その前で愛し合った。21歳の時、そろそろ子供がほしいと思っていた頃、嘉太郎が鳥居で首吊り。志乃は勝介が殺したと感じる。30過ぎて恋した男の時は首吊り寸前で止めることができたが、すぐに別れた。次の男はどんなに遅くなっても泊めなかった。40歳頃の話。
 

……

 春は、桜をふたりで見に行ってん。

 ここに来る手前に、お寺あったやろ、上品蓮台寺いうねん。じょうひんて書いて、じょうぼんな。桜がきれいや。枝垂れ桜がな。……ゆうらゆうら揺れて、のどかやわ。

 まるで首吊りした男たちみたいに、ゆれるねん。

 嘉太郎さんも勝介もね、鳥居にぶらさがって、揺れとった。うちが惚れた男たちが首を吊るして揺れるように、桜も揺れとった。(略)

 先生、六波羅に住んではるんやったら、ほら、珍皇寺さん、あるやろ。あそこには小野篁が地獄に通った井戸があるやろ。えんま堂には、閻魔さんがいはるわ。

 あとな、あそこには紫式部の供養塔もあるねん。

 紫野には、小野篁公と紫式部の墓もならんでんねん。なんでこのふたりがって話やけねん、生きてた時代も違うし。

 紫式部は男女の愛欲を描いた罪で地獄へ落とされて、それを小野篁が救ったって話があるんや。

 愛欲を描いたぐらいで罪になって、地獄へ落とされたらなぁ、うちも絶対に、死んだら地獄に行くの間違いなしやな。

 先生もなぁ。小説書いてはるから、地獄行き、やな。

 先生は自ら地獄へ行きたがってはるやろ。

 なんで好きこのんで、厄介な男に惚れて、地獄を目指すんやろうなぁ。

 あんたは地獄に会いたい人があるから、それを望んではるんやろ。

 好きな男がおらん極楽より、男がおる地獄か。難儀なことやなあ、あんたも。

 けど恋をした時に、もう人間は地獄へ足を踏み入れとるんや。

……

 

 妃の恋人は自殺した。彼女は志乃同様死んだ彼に見せつけるように編集者を誘う。編集者は

「あなたは、まだ彼を追っているんですよね。……

 彼女は幽霊でもいいから彼に会いたいと京都に来た。この街が地獄につながっていると思った。幽霊は見えない。

 庭の涸れ井戸を覗き込む。闇の中へ身体を……

 

……

 ああ、やはりこの先は、地獄なのだ。

 私が望んだ地獄なのだ。

 恋に溺れた者を罰する鬼たちがいる、地獄。

 誰かが恋に死ぬ私の愚かさを嗤っている声が聞こえたが、悔しがる暇もなかった。

 私は奈落へ落ちると共に快楽も孤独も恐怖も全て失って、消えた。

……
 
(平野)

2013年10月22日火曜日

全部抱きしめて


 碧野圭 『全部抱きしめて』 実業之日本社文庫 619円+税 

 吉祥寺の人。

『情事の終わり』に続く大人の恋愛小説。碧野版『武蔵野夫人』。

 前作品で、美貌の編集者奈津子(42歳)は年下の同僚関口諒(あきら)と激しい恋に落ちた。ともに家庭を持つ身。有名作家の横暴もあり、ふたりの仲は引き裂かれ、奈津子は家庭も仕事も失った。

 一年後、奈津子の前に諒が。


…… 

まさか、そんな。

 こちらの気配に気がついたのか、男がこちらにゆっくり顔を向けた。そうして、憎らしいほど落ち着いた声で「やあ」と言った。

 間違いではなかった。関口諒だった。

 体中が凍りついたように動けなかった。(略)

「どうして――来たの」

 ようやくそれだけを言えた。(略)諒は一瞬、とまどったような顔になり、すぐに何かをぐっと呑みこんだような顔つきになって、単刀直入な返事をした。

「会いたかったから」 
……


 

奈津子の心は乱れる。「また来るから」と諒は去った。

 奈津子は叔母がボランティアをしているデイケア施設に同行。おばあさんが本を読んでと出してきた。

男には 男の  女には 女の  存在の 哀れ  一瞬に薫り  たちまちに消え  好きでなかったひとの  かずかずの無礼をゆるし  不意に受け入れてしまったりするのも  そんなとき  そんなときは限りなくあったのに  それが何であったのか  一つ一つはもう辿ることができない ……

(茨木のり子『自分の感受性くらい』より「存在の哀れ」)

 途中から涙がぽろぽろこぼれて読めなくなる。おばあさんが背中をさすってくれた。

 施設でアルバイトをすることになる。

 諒は毎週土曜日にやって来る。

奈津子は小金井、諒は世田谷住まい。武蔵野には「はけ」=多摩川が太古から台地を削った崖=国分寺崖線が残る。立川から小金井、調布、世田谷まで続く。ふたりは「はけ」のあちこちを散歩。奈津子は週末を楽しみにするが、娘が来て彼とハチ合わせ、気まずい思いもする。

 いつもの散歩の途中、大雨で雨宿りのためモーテルに。ついに関係が戻る。

 奈津子は友人の紹介で校正の仕事を始めるが、妊娠。産む決意。奈津子の母・兄は冷たい対応だが、叔母と義姉に助けられる。義姉は、かの有名作家の新作(奈津子と諒をモデルにした小説)を読み、愛を貫く主人公に感動、何も知らず奈津子たちの姿を重ねたのだった。

 娘は諒と良い関係が築けそう。諒の妻はこれまで離婚を拒否していたが、奈津子と赤ちゃんに会って気持ちが変わる。

 正月、諒の父・兄と会うため実家訪問。国分寺崖線を見に行く。
 奈津子と諒は「国分寺崖線」で繋がっていた。

「帯」に「不倫小説」とある。確かにふたりの愛の形は「不倫」なのだが、辛い恋に耐えてきた彼らを祝福したい。回りの人が皆それなりに幸せの方向に落ち着くのはフィクションだからこそでしょうが、読む方もそのほうがいい。ドロドロは辛い。

 

ウチは「西国街道」で繋がっておった。


 日記 1021日 月曜日

 みずのわ出版HP連載 「本屋の眼番外 神戸本屋漂流記」第36回 「海文堂書店のあゆみ 20119月から閉店まで」 アップしました。


 

 なんで当ブログ名が「ほんまに日記」なのかというと、「ほんまに」12月復刊を目指しているから。まだ原稿を頼んでいる状態なのに、予約を受け付けている厚かましさ。



 夜、大阪・玉造の居酒屋にて「花房観音トーク会」

【海】奥の院ゆかりの「観音様」のご尊顔を拝しお言葉をいただく。

『さいごの色街 飛田』の著者・井上理津子さん企画。関西出版界のドン・Kさんからお誘い。

 私、J堂で観音様の新刊『恋地獄』(メディアファクトリー)をゲットして駆けつけました。ああ、これで当ブログでも「奥まで~」ができる!
(平野)