2014年1月26日日曜日

【海】史1980新再販制


 【海】史(11

 1980年 新再販制度問題――非定価本騒動

 197810月、当時の公取委員長・橋口收「本、レコード再販廃止の方向~」発言に端を発する。出版界では著者、読者も巻き込んで幅広い論争が起きた。

『月刊神戸 読書アラカルテ』でも、第2号(801月)、第10号(809月)、第12号(8011月)で取り上げている。

 806月末、新聞各社が「本の値引き実現、秋にも価格自由化」と報じた。マスコミの影響力は大きい。だが、制度の内容を正しく説明していない。新聞も再販商品のはず。

『アラカルテ』第10号で『新再販制度』について、何が「新」なのかを説明している。

――従来、私共の書店では、包括的な旧再販により、書籍への表示が、定価○○円であろうが¥○○円であろうが、単に○○円であろうがすべて定価通りに販売してまいりましたが101日以降に出版する出版物については、出版社の判断により、非再販商品には、定価の文字を記入せずに流通させ、これについては値引きも可能になりました。但し、101日以前に発行の出版物は定価の文字が無くても従来通り、再販商品です。……――

 新聞報道は値引きを想定した非再販商品の出現を誇大に宣伝しているが、新制度は現状を追認したもの、という立場

10月から本は安く買えるの? ――「新再販制」についての書店の感想――

 第12号では、出版流通対策協議会のパンフレット『読者にとって再販制とは何か――本の定価販売と読者の利益について――を掲載。新制度下の〈本の流通〉について説明している。

 再販制とは? 海外の制度は? 再販制がなければ? 返品はムダか? 再販性のメリットは? 安売りは読者の利益か? など。

 新制度でどうなったのか?

 出版社は非再販品も出版できるようになった。

 101日以降発行される出版物は、「定価」という表示のあるものは再販商品で値引きできない。「定価」が抹消してあるものは、非再販品で値引き可能。但し、930日以前に出版されたものは、「定価」の表示がなくても再販品。

 101日以降「非再販品」は出版されたのか?

 第1号は年末(店頭に並んだのは翌年1月上旬)、橋口公取委員長の著書(経済学の本ではなく美術エッセイ)。「自由価格本」として出版。

『美のフィールドワーク』(創世記、価2000円、初版3000部)。

 これを【海】島田誠は原価で販売した。1540円。儲けなし、経費分赤字。

 手書きの看板にこう書いた。

――何故? 非定価本  この本は、著者(公取委員長)の意志により非定価本の第一号として」出版された。この著者のユーモアを祝し、本来、価格競争になじまない書籍を書店のリスクにおいて価格競争を行う愚を笑って原価にて販売致します。 2000→1540円  ――

 神戸新聞社会面にトップで取り上げられた。

――定価なし本つき合いきれんヮ 仕入れ値バーゲン  「橋田さんの考えは、本の文化的特質を無視した暴論」と海文堂書店(島田誠社長)が反発をエスカレートさせ、定価に代わる価二千円の本を仕入れ価格の千五百四十円で安売りを始めた。独禁法の番人、公取委員長の発言を逆手にとった書店側の抵抗だが、読書家には今ひとつすっきりしない。―― 

 橋口にも取材している。
「本の再販制に問題あり、小売書店が値付けするのが望ましい。(海文堂の)売り方について論評するわけにはいかない、一種のブラックユーモアか……」というご意見。

 島田の原稿より。

――ここに力説しておきたいことは、私自身の独断によれば、充分に2000円の価値のある本だということです。当店で1540円で買い求められた方は、不当に安く入手されたのではないだろうか。――

 造本の良さ、橋口の絵画に対する造詣の深さとその文章を絶賛している。

――橋口氏の著書は、単なる「商品」ではなくて「一つの価値」であり、「価値」を認めえない人にとっては、一文の値打ちもない。――

『月刊神戸 読書アラカルテ』第15号所収、『非定価本騒動顛末記』)
 
 
 
 

 大スーパーがどさくさ紛れに新刊本=再販商品を1割引きで販売した。

 その後「非再販出版物」はどうなったか?

 出版社が価格を下げたバーゲン本=「部分再販」はある。雑誌の中には次号発売後値引き可能とする「時限再販」のものがある。しかし、「自由価格本」の出版は私が記憶する限り、1996年の『学校・宗教・社会の病理』(吉本隆明、深夜叢書社)だけ。

 版元が確実に売れるであろうと思われる児童書や芸能人本などで「責任販売制」を行なっているが、本屋は自店で確実に売れるであろう最低限の数しか注文しないし、補充も消極的。版元は出荷したら「売れた」ことになるが、本屋はお客さんに買ってもらえなければ「売れた」ことにならない。
 あの「ハリー・ポッター」でも、ある巻があちこちの本屋に大量に残っているはず。値引きもできない、しても売れないだろう。「買い切り」の教訓と思えばいいのかい?

(平野)