2014年3月12日水曜日

仙台学vol.15(2)


  『仙台学 vol.15』(2

震を描き 災を想う 東日本大震災3年目の作家たち

「時計の針が動き出すまで」 熊谷達也

 1958年仙台市生まれ、現在も居住。東日本大震災当時、雑誌連載中の作品が2編あった。

『光降る丘』(角川書店 1800円+税)は20086月に起きた岩手・宮城内陸地震で被害を受けた開拓村の物語。地震後の現在と60年前の開拓時代が交互に描かれる。大震災後、「これは地震被害の物語ではなく開拓の物語なのだ」という思いを強くした。

 開拓一世である現在八〇代半ばのおじいちゃんたちのたくましさが、現実の苦しい生活と重ねて読まれるだろうと確信したからです。

『調律師』(文藝春秋 1750円+税)はピアノの調律師が主人公の連作。第2話を書いたところで大震災。3話で主人公が仙台に行く伏線を書いた。


 もし僕が東京に暮らす作家であったなら、震災を避けて書くこともできたでしょう。でも経験したからには逃げたくなかった。傍観者ではなく当事者でなければならないという強烈な思いにかられました。なぜなら僕はあのとき仙台にいたのだから。

 もう震災前の目線で書くことはできない、とも言う。

 震災後、気仙沼がモデルの“仙海河市”を舞台にした連作を発表。『リアスの子』(光文社 1700円+税)。ここで3年間教師をした。教え子たちがいる。壊滅する前の街、壊れたもの、失ったものは、「気仙沼に暮らした僕が書くべき」。


 被災地を歩くと目に見えた変化はあまりないように見えて、高齢化や過疎、生業の転換など、歴史がものすごく加速している。そんな中で時間の進み方がもとに戻りつつある人もいれば、まだ二時四六分で止まったままの人もいます。力強く歩き始めた人もいれば、立ち上がることさえできない人もいて、その差はますます大きくなっている。僕は小説を書き続けることでできることがあるとすれば、時計が動き出すまで待つこと。時計の針を動かし、本人の背中を押してあげることはできないけれど、その人が動き出すまで待つことなら、できる。あなたのことは忘れていないですよと、最後までしつこく待ち続けるのが小説の役割かなと思います。

(平野)


「神戸新聞」39日に読書感想文を載せてもらいました。