2014年4月21日月曜日

稲生家=化物コンクール


 稲垣足穂 『稲生家=化物コンクール』 人間と歴史社 19909月刊

目次 懐しの七月  山本五郎左衛門只今退散仕る  稲生家=化物コンクール

解説 高橋康雄  動くオブジェと平太郎少年と山本氏と  

装幀 戸田ツトム+岡孝治
 
 

 足穂妖怪譚。備後国三次の妖怪伝説が平田篤胤によって広まった。絵巻にもなった。明治には講談で人気。泉鏡花や巌谷小波が小説にした。足穂は篤胤「(いのう)物怪録(もつけろく)現代語訳。

 稲生平太郎少年の屋敷に毎夜物怪が出没。平太郎は怪奇現象に冷静に対応、ついには総大将・山本五郎左衛門が登場。

「さてさておんみ、若年ながら殊勝至極」と云うので、「其方は何者ぞ」と口に出すと「余は山本五郎左衛と名乗る。やまもとに非ず、さん(・・)もと(・・)と発音いたす」僕「そは人間の名にあらずや。そちは人間にてはよも有らじ。狐なるか、狸なるか?」重ねて問いつめると、山本は笑を含んで、「余は狐狸の如き卑しき類いにあらず」「狐狸にあらずば天狗なるか。いずれにしても正体を現わし云え!」「余は日本にては山本五郎左衛と名乗るぞ。如何にもおんみの云う如く人間には非ず、さりて天狗にもあらず。然らば何者なるか? こはおんみの推量に委ねん。余の日本へ初めて渡りしは源平合戦の時なり。……

神野(しんの)五郎という同類いることも伝える。また悪さ始める炬燵ぶ。舞い上が人ののようになる。湯気が立ち、動き出すと、それはミミズ。平太郎ミミズ苦手、大嫌い。身体に這い上がってくる。気味が悪いが、
「只気を失わぬのを取得に頑張っていた」ら、怪奇現象は納まった。
「さてもおんみは気丈なるよ……

 本五郎左衛門の顔が壁に浮かぶ。青く光った巨大な顔、蜻蛉の目玉のように飛び出した目で睨む。彼が言うには、平太郎は難に遭う年、その日がきたため驚かせたが、恐れないので思わず逗留してきた、これから九州に向かう。
「以後何の怪異もあるまじ。神野悪五郎も来るまじ」そう言って手槌をくれる。

「さればこの槌をその許に譲るあいだ、若し怪事あらば北に向って、山本五郎左衛門来れと申してこの槌にて柱を強く叩くべし。余は速やかに来りておんみを助けん。さても長々の逗留忝なし」

 両者お辞儀し合う。山本五郎左衛門は大勢の供廻りと消えた。
 一夜明け、騒動が落ち着き、平太郎には「何か悲しい澄んだ気持」が残る。皆は、まじないや薬でも教えてもらっておけばと言うが、気づかなかったのだから仕方がないと思う。

 只、神野悪五郎の名と槌が残されたに過ぎぬことは、僕にも甚だ名残惜しく思われる。でもその槌で以て柱を叩くには及ぶまい。あんな事は一度切りでよいではないか。本五郎左衛門の顔を僕は生涯忘れることはないであろう。槌を打つ心算はないが、僕の心の奥では次のように呼びかけたい気持がある。山本さん、気が向いたら又おいで!

(平野)