2014年11月20日木曜日

僕の“ユリーカ”


 稲垣足穂 『僕のユリーカ』 第三文明社レグルス文庫 19798月初版(手持ちは8373刷) 

 初出は671011月、雑誌「南北」だが、56年と61年に発表した作品の改作。68年南北社より単行本。

 足穂宇宙論。ギリシアの哲人から占星術、錬金術、江戸の学者、近現代の科学者たちまで、宇宙の謎に挑んできた天文学の歴史を考察。

 女性は各時代を通じてのスターです。もとより何事を持ちかけても受け容れてくれる彼女たちの深淵的な優しさに、それは依るものでしょう。ところで天文学はいったい人気があるのか、ないのか? しかし僕には、疾くに廃れているようで一向にそうでないのが天文学であり、これが最後まで残るような気がしてなりません。では一種の人気をいつも持ち続けているのかと云うと、そうではない。「そりゃ君、あまりに天文学的だよ」「何しろあいつは天を相手にしておればいいんだから」などは何処でも耳にする言葉です。ところでこちらの相手はお星様であるだけに、何事をおっかぶせようと、女性と同じに、先方は一向に汚染を蒙りません。だから申します。「地上の星を花と云い、御空の花を星と云う」
 天文学は女性と相ならんで、幻想を托すのに最も手頃な相手です。女性は曾て十年間にわたるトロイ攻防戦の元になりましたが、天文学がそれにも劣らぬ夢の台であることは、古代、中世、近世、現代を通じて少しも変りません。ティコ・ブラーエの「天の城」が、フリードリヒ二世のための占星術研究を名目にしていたように、二十世紀のアメリカの諸天文台も、星占いに気があるウォール街族の寄進に俟つものが多いと云われています。……


「星を売る店」より
 店へ入ってみると、花ガスの下の陳列箱の上に、おもちゃのレールに載った汽関車と風車が置いてある。背をこちらに向けていた店員が、ふいな客の入来に泡をくって
「いらっしゃいませ」をやった。
「こりゃ何です――いったい?」
 と私は、ぶっきら棒にガラス箱の中のコンペイ糖を指した。
(略、コンペイ糖を汽車に入れると動き出す。楽器に入れれば勝手に鳴り、タバコに巻き込めば火花が散り夢心地になると説明)
「それで――」と待ちかねて私は口を挟んだ。
「一体何物なんです?」
「星でございます」
「星だって?」
「あの天にある星か? とおっしゃるのでございましょう」と相手は指で天井を指した。……

(平野)