2015年6月18日木曜日

小さなユリと


  黒田三郎 『詩集 小さなユリと』 夏葉社 1600円+税

 1960年に昭森社から出版された詩集を復刻。付録に荻原魚雷の解説「詩人のひとりごと」。
  黒田三郎(19191980)は広島県呉市生まれ。452月インドネシアで召集され入隊。47年、田村隆一らの「荒地」に参加する。翌年結核発症、以後入退院をくりかえす。55年夫人も結核で入院する。『小さなユリと』はその間黒田が長女ユリと過ごした日々を綴った詩集。

 「その小さなうしろ姿」

あさっては妻が療養所へ行く日
小心で無能な月給取りの僕は
その妻をひとり家に残し
小さなユリを幼稚園へ送り
それからきょうも遅れて勤めに行く
働きに行く者は皆とっくに行ってしまったあとの
ひっそりと静かな道を

バス道路へ出る角で
僕は言ってやる
「ぐずで能なしの月給取り奴!」
呟くことで
ひそかに僕は自分自身にたえる
きょうも遅れて勤めに行く自分自身にたえる

 ユリを幼稚園に送り、ごはんをつくり、ケンカして……、いっしょに妻の見舞いに行くと妻がユリに尋ねる。

《オトーチャマいつもお酒飲む?
沢山飲む? ウン 飲むけど
小さなユリがちらりと僕の顔を見る
少しよ》 「九月の風」

 ユリは父をかばう。父はユリが寝ると飲みに出て、深夜に帰って、ユリを起こしてしまい泣かす。朝、幼稚園に送って行くと、ユリは父親を泣いて呼び返す。

《「夜中にどっか行っちゃ いやよ」》(「僕を責めるものは」)

 子どもを泣かすな! わかっているけど、やってしまう弱い父はそれを隠すこともしない。でも、ユリへの愛情は読む者にもわかる。
  父子だけの生活は2週間ほど。黒田が交通事故で入院し、夫人は「青白い顔で」退院してきた。黒田がかつぎこまれた病院は空き室がなく、「産婦室」に入れられた。そのことも本書の「あとがき」で詩にしている。

 表紙の絵はユリ。ユリもお父さんが大好きだったのでしょう。
 もうすぐ父の日。

(平野) 黒田三郎の詩というと、私の世代ではフォークグループの赤い鳥が曲をつけて歌った「紙風船」。