2016年1月3日日曜日

オリヴィエ・べカイユの死


新年おめでとうございます

皆様のご健勝をお祈り申し上げます。
 不精者の言い訳です。私は年賀状をずっとやめています。中田カウス・ボタンの漫才で、年も明けないうちから「おめでとう」と書くのはおかしい、よって「新年 明けましたら おめでとうございます」、というネタがありまして、納得したものです。
 後ほど寒中見舞い状を書きます。
 さて、新年1冊目。

 エミール・ゾラ 『オリヴィエ・べカイユの死/呪われた家  ゾラ傑作短篇集』 光文社古典新訳文庫  1120円+税

 フランス文学は久しぶり。私がフランス文学と言うと、「フランス書院文庫」と思われるのは承知のうえ。
 私がエミール・ゾラ(18401902)の名を知ったのは学生時代の「政治史」講義。19世紀末フランスを揺るがした「ドレフュス事件」――軍事情報がドイツに漏洩し、ユダヤ人のドレフュス大尉がスパイ容疑で終身刑を受けた――で国内は二分された。真犯人を隠す冤罪事件です。既に著名作家だったゾラはドレフュスを擁護し、軍の不正を糺す。そのゾラにも有罪判決が下され、彼はロンドンに亡命。後に事件は再審、ドレフュスは無罪になるが、ゾラは判決が出る前に一酸化中毒で急死してしまう。

 本書は表題作他5篇収録。
 訳者は國分俊宏、1967年生まれ、青山学院大学教授。

「オリヴィエ・べカイユの死」 
 主人公は妻とパリに出てきたばかり。ある朝、意識はあるのに体が動かず、死んだと思われる。棺桶に入れられ埋葬されてしまうが、墓の中で体が動くようになり、自力で這い出した。医者に助けられ静養。妻と暮らした下宿屋に向かうのだが……

「ナンタス」 
 ナンタスという青年、能力があり社会で成功する自信もあるが、チャンスと資金がない。絶望して死を選ぼうとしたとき、見知らぬ婦人がある提案を持ってくる。ナンタスがワケありの裕福な家の娘と偽装結婚すれば立身出世を見込めるし、婦人は報酬を得られる。ナンタスは才能を発揮し富を築き、国家を動かす地位にも就くが、結婚相手を本当に愛してしまう。

「呪われた家――アンジュリーヌ」
「私」は自転車でパリ郊外を散策中、謎の荒れ屋敷を見つける。幽霊が出るという噂。数十年前にアンジュリーヌという幼い娘が家族に殺されたらしい。「私」は真実を探るべく、資料を調べ、関係者をまわる。ロンドン亡命中に執筆した作品。

「シャブール氏の貝」
 シャブールは金持ちの商人、20歳以上離れた良家の令嬢と結婚するが、子どもができないのが悩み。かかりつけの医者に相談すると、海水浴に行って貝類を食べるのがよいと勧められる。夫人と海辺の町に。そこで純朴な美青年と出会い、彼が案内役をしてくれる。だいたいの展開が読める。落語の艶話のよう。

「スルディス夫人」
 夫は天才肌の画家、妻は絵の技術と財産がある。夫は絵を描き成功して妻に栄誉をもたらす、妻は夫を支える「契約」。夫の絵は認められ「巨匠」となるが、私生活は自堕落で酒と女に溺れる。それでも妻は献身するというか、夫が間違いを犯すたびに妻の力が強くなっていく。夫は次第に肉体的・精神的に衰え、妻が絵に少しずつ手を加えだす。そのうちに夫は着想と構成とサインをするだけ。世間の評価は変わらないが、専門家にはわかる。力強さや独創性が失われていく。妻は夫の才能・名誉を守り、夫は妻に負い目を感じる。互いに依存している。ついに絵は妻が描き、夫はそばで子どもの落書きのような絵を描いて過ごすようになる。ゾラは美術批評家でもあった。

(平野)