2016年5月2日月曜日

ガケ書房の頃


 山下賢二『ガケ書房の頃』 夏葉社 20164月刊 1800円+税


 2004年京都市左京区で山下はガケ書房を開業。多くの人が自動車の飛び出す外観を思い浮かべるだろう。本・CD・雑貨の品揃え、陳列方法は独創的。自費出版本を受け入れ、古本棚をつくり、ライブコンサートなどイベントを仕掛けた。協力者が多く現れた。雑誌の本屋特集には必ず登場する有名店になった。
 開業前の作業中のこと。

……いきなり店内に赤ちゃんを抱いて入ってきた人がいた。その人は真っ赤なコートにモヒカン頭。声は野太くよく通る。ヤバい人が入ってきてしまったと身の危険を感じた。その人は、「いつ、オープンなん?」といきなりタメ口で話しかけてきた。幾分構えながら、平静を装ってオープン日を告げた。すると、その人はとても親し気な笑顔で納得して出て行った。左京区という地域の洗礼を受けたような気がした。このあたりは学生がたくさん住んでいるが、そこにそのまま居ついたようなミュージシャン、学者、ヒッピー、革命家、何をしているか不明な人など、自由な人たちが普通に歩いている地域でもあった。ネクタイを締めている人はあまり見かけなかった。これから僕は、そういう社会からドロップアウトすることを選んだような人たちも相手にしながら商売していくんだなぁと妙な決意をした。》

 近隣の既存店との話し合いで、客層はぶつからないと理解され、逆に激励された。
 個人が本屋を開業し維持することは難事業だ。お金の問題。山下も貯金を切り崩しながら経営してきたが、銀行から融資(=借金)を受けるようになる。店を存続させたいが、借金という現実がある。思い、悩む。親しい作家に、辞めようと思っている、コンビニの深夜バイトでもして暮らす、と打ち明けた。

《「ほんなら、僕も小説で食べられへんようになったら、そのコンビニで一緒に働くわ。僕と山下くんが働いているコンビニやったら、絶対に面白いコンビニになると思うで」
 と言った。
 いつでもゼロに戻る覚悟がこの人にもあるんだと知ると同時に、その温かい言葉に僕はあやうく涙を落としそうになった。》

 2013年末で閉店と決めスタッフに伝えるが、再建話が持ち上がったりしながら、1年個人事業で続けた。その1年が重要な1年となる。ここは本書を読んでください。
 2014年、閉店宣言1年後、またスタッフとミーティング。

……今度は辞めるという後ろ向きな話ではなく、移転して改名するという話だ。(後略)》

 営業を終え、引越し作業、店舗の撤去工事。有志が手伝ってくれる。
 201541日、新店舗「ホホホ座」オープン。旧店舗から徒歩15分の場所。

《ホホホ座は、もう本屋を名乗らない。母体は四人組の編集グループ。店舗は〈やけに本が多いお土産屋〉と謳っている。それは、本屋に失望したのではなく、少し不便な場所にわざわざやってきて、体験ごと買って帰るという意味で、本も含めてすべてはお土産ではないだろうかという提案だ。(後略)》

 山下のまわりには常に人が集まってくる。力を貸してくれる。
 本書の帯に「京都、本屋さん、青春。」とある。山下が開業するまでの経歴も告白していて、「青春記」だし、未来を語っている。
 山下は本と本屋を愛し、「本屋」を名乗らなくなっても、やはり本に関わり、本の魅力を発信し続けている。

(平野)元町商店街WEBページ更新。拙文「海という名の本屋が消えた」は第30回に到達。
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