2017年7月25日火曜日

国芳一門浮世絵草紙


 河治和香 『国芳一門浮世絵草紙 侠風むすめ』 小学館文庫 2007年初版(20122刷)
 

 718日、幕末から明治に活躍した絵師・河鍋暁斎の〈これぞ暁斎!〉展(美術館「えき」KYOTO)を見て、梅田で用事。その前に堂島の古書店〈本は人生のおやつです!!〉に寄る。店主大推薦時代小説シリーズ平積み中。版元に直接注文して展開、特製オリジナル帯まで制作。 
歌川国芳の娘・登鯉(とり)の恋と成長を中心に、幕末に向かう緊迫した時代の自由人の物語。
登鯉は15歳になったばかり、「凛と張った目元が涼やかで、どこか近寄りがたいような雰囲気がある」。下っ引きに禁制の化粧をしていると因縁をつけられても片肌脱いで啖呵を切る。通りかかった奉行に「競肌の侠風娘(きおいはだのきゃんふうむすめ)」と呆れられる。
国芳は奢侈禁止令や出版統制に抵抗して、あの手この手で風刺画を描く。弟子たちも個性豊か、江戸文化・風俗と町人のエネルギーが溢れている。
 
《人々は、歌川一門の中でも、弟子の数では歌川国芳が一番多いという。たしかに頭数だけでいえば、国芳の師の豊国や、兄弟子の国貞、同門の広重の一門を、はるかにしのいでいる。/だが、実際のところ……門弟たちが群がる国芳の家の様子は、まるであぶれ者の吹きだまりだ。》
 
第一話「生首」に幼い頃の河鍋暁斎(周三郎)登場。本書には暁斎の絵も載っている。7歳で国芳に入門。
 
《周三郎は、熱心な弟子で、いつも写生や模写ばかりしている。/毎日毎日、根気のいる模写を熱心にできるのは、子どものうちだけだと、国芳は入門した子に必ず、いやというほど模写と写生をさせるのだった。》
 
さて、師の教えに忠実な周三郎が拾ってきたものは?
 
 
 

 著者は03年『秋の金魚』(小学館)でデビュー。
(平野)

2017年7月22日土曜日

書店員X


 長江貴士 『書店員X 「常識」に殺されない生き方』 
中公新書ラクレ 840円+税

 盛岡市さわや書店フェザン店の書店員長江が、ある文庫本をオリジナルの手書きカバーで覆い、書名・著者名を隠して販売した。カバーには、この本を読んでほしいという思いを込めてメッセージを書いた。私はテレビでこの企画を知って、〈さわや〉やからできるんや、と思っていた。地域と強い繋がりをつくり、独自のロングセラーを開拓している本屋さんだ。しかし、私の認識不足だった。

まず、長江がこの文庫に出会い、読んで衝撃を受けた。

《ページをめくる手を止めることができないと感じた本は、それまでなかった。そもそも扱われている事件のことを詳しく知らなかった僕は、先の展開がどうなるのか気になって仕方がなかった。さらに、読み進めながら、今までこれほどの現実を知らずに生きてきたことを恥じもした。そしてこの本は、どんなやり方をしてでも、一人でも多くの人に読んでもらわなければならない、と感じたのだ。》

 表紙を隠したのは読者の先入観を取り除くための「手段」だった。

「常識」「先入観」に囚われず、本を売る。業界本と言えばそうだが、長江には何よりも訴えたいことがある。「生きづらさを感じてきた」と、自らの経歴を明らかにして、読者にメッセージを贈る。
 
 

 写真は〈さわや〉の人たちが書いた本。

(平野)「文庫X」はすでに明らかにされている。清水潔『殺人犯はそこにいる』。北関東で起こった幼女誘拐殺人事件。著者が執念の取材で5件の事件の関連性を見出し、無実の人物を釈放に導き、さらに真犯人に迫るというノンフィクション。

2017年7月16日日曜日

書店ガール6


 碧野圭 『書店ガール6 遅れて来た客』 PHP文芸文庫 660円+税

 解説は古本ライター・書評家の岡崎武志。小説にも重要人物として登場する。
 
 

 舞台と主人公は前巻と同じ。茨城県取手市の駅構内にあるチェーン書店支店と店長宮崎彩加(あやか)。会社の体制が変わり、彩加の店は4ヵ月後閉店と告知されるが、まだ仲間に公表できない。入荷数を減らし、返品し、陳列を変える。アルバイトの補充もできない。ワンオペというひとり勤務体制時間も長い。彩加は苦悩。彼女を救うのは、友人に誘われたブックイベントで出会った本のことば――花森安治の「世界はあなたのためにはない」。
 静岡県沼津市で彩加の伯母が本屋を経営しているが、その店の今後、彩加自身の将来についても何らかの結論を出さなければならない。
 作家デビューした青年・田中が彩加の店でアルバイトをしている。彼は元々ひきこもりがちだったが、仕事も気配りもでき信頼されている。彼の担当編集者小幡伸光(本シリーズレギュラー)は作品のコミック化・アニメ化で関係者たちと衝突、ついに胃潰瘍で倒れる。田中が小幡のために一歩踏み出す。

 懸命に行動する人ほどトラブルにぶつかり、傷つく。登場人物たちはまわりの人たちの励ましや応援で前に進むことができる。
 さて、書名にある「遅れて来た客」とは? 閉店の日のこと。読む楽しみにしてください。

(平野)
 閉店は辛い。私は2回経験してますよって。仲間には倒産を経験した人もいる。
 本の現場で、不安定な条件でも本が好き・本屋が好きというだけで働いている人たちがいる。彼らのおかげで本に出会えている。

2017年7月15日土曜日

古本こぼれ話


■ 高橋輝次 『古本こぼれ話〈巻外追記集〉』

編集 清水裕也  発行所 書肆 艀  頒価600

高橋は著書・編集書多数あるが、本書には『ぼくの創元社覚え書』(龜鳴屋、2013年)と『編集者の生きた空間 東京・神戸の文芸史探検』(論創社、2017年)発行後に判明したこと、それにトンカ書店イベント(愛書家のコレクション展、詩人の蔵書販売)推薦文収録。
 
目次
蒐書家のタイプの話  わたし流詩集の選び方  京都で「書物禮讃」の発行元を知る  山田稔氏からご教示を受けたこと  兵庫文芸史探検抄  印刷にかかわった文学者の覚え書 他

 

京阪神あちこちの古本屋をめぐる。自ら「怠け者で根気のない」と言うが、怠け者では次々本を書けない。ひたすら歩き丹念に探し淡々と書く、書き加えてゆく。本書は「数回り歳下の若い」書友の協力による。

4は初公開の蔵書票(大渕美喜雄画)。

販売は、古書善行堂(京都市)、たられば書房(茨木市)、本は人生のおやつです!!(大阪市)、1003(神戸市)、ますく堂(東京池袋)。
(平野)

2017年7月13日木曜日

チャップリン暗殺指令


 土橋章宏 『チャップリン暗殺指令』 文藝春秋 1400円+税

 関東大震災から9年、世界大恐慌による不況に加え、凶作で農村は疲弊。欠食児童があふれ、女子は身売り。政治家の汚職、疑獄事件で、政府要人と財閥が政治結社に狙われる。海軍将校たちは米英主導の軍縮条約にも我慢がならない。

「日露戦争にも世界大戦争(第一次世界大戦)にも勝利したというのに、この困窮はなんだ!」

ちょうど来日する人気俳優チャーリー・チャップリンの歓迎会に合わせ〈革命〉を計画する。

「誅殺する。奴は退廃した米国文化の化身だ」
 
 

1932(昭和7)年515日、海軍将校たちが官邸で犬養毅首相を襲い、殺害した。いわゆる〈五.一五事件〉。実際にチャップリンも狙撃する計画だった。日本人秘書・高野虎一の綿密な情報収集と滞在計画、それに何よりもチャップリンの気まぐれ行動によって襲撃は免れた。

 土橋は1969年大阪府豊中市生まれ、脚本家・作家、『超光速! 参勤交代』(講談社)など。本書は、チャップリン暗殺計画を題材にして事件の進行と哀しい恋を描く。

暗殺指令を受けたのは陸軍士官学校生・津島新吉、青森の貧農出身、母は餓死同然であった。チャップリンの映画を見るところから行動を開始。映画館で知り合った売れない俳優・柳に振り回されながら、彼を手がかりにチャップリンに近づき、弟子入り志願。しかし、チャップリンの人間性に引かれる。一方、高野は日本社会の不穏な空気に危険を感じとり、ボスの命を守るため厳重な気配りと準備をする。ヒットマンはプロの殺し屋と軍人という情報を得る。

(平野)

2017年7月8日土曜日

町を歩いて本のなかへ


 南陀楼綾繁 『町を歩いて本のなかへ』 原書房 2400円+税

著者は1967年島根県出雲市生まれ、ライター、編集者、「一箱古本市」発案者。イラスト・山川直人。

全国を歩いて出会った人たちに話し相手になってもらっている丸顔坊主頭メガネでっぷり体型鶴瓶師匠より小柄の出版人はやっぱり全国を回っているけれどそれは各地のブックイベントや出版・本屋を応援するため。
 
《はじめての町の安宿で寝ていると、突然、いま自分がここにいることを不思議に感じることがあります。不安もありますが、それと同じくらい、これから何が見られるのだろうという期待も大きいのです。こんな本の旅がいつまで続くか判りませんが、とりあえず、きょうも、それから明日も、どこかへ出かけるのです。》

 


第1部    町と本と (ブックイベントや本屋・古書店、出版社、図書館など本のある場所について)
第2部    古い本あたらしい本 (書評)
[写真散歩]本の匂いを求めてさまよう 
第3部    早稲田で読む (メルマガ「早稲田古本通信」連載)
第4部    本と人と、それから (出版人ほか人について)
一九八〇年代の本と町

(平野)
 海文堂閉店とその後の神戸古書店状況に言及。ありがたく、ちょこっと感動。海文堂には何度もイベントゲストで来店、一箱古本市にも協力してくださった。

2017年7月6日木曜日

斎藤昌三書痴の肖像


 川村伸秀 『斎藤昌三 書痴の肖像』 晶文社 5500円+税

明治から大正・昭和まで活躍した出版人・斎藤昌三(18871961)を中心に〈書痴〉〈畸人〉、小島烏水、三田村鳶魚、吉野作造、宮武外骨、辻潤、柳田國男、坪内逍遥、斎藤茂吉……多数登場。カラー写真、索引含め500ページ超の大作。カバー表裏と本体。本体の絵は明治大正の限定本人気ランキング「手拭」。〈少雨荘〉は斎藤の俳号。
 


 
 

斎藤は神奈川県生まれ、郷土・民俗学・性文化・書物・蔵書票研究、俳句、編集など多彩な活動。31(昭和6)年、庄司浅水、柳田泉らと『書物展望』(書物展望社)創刊。奇抜で凝った造本・装幀をほどこし、書物愛好家を驚かせてきた。単行本第一号の『魯庵随筆 紙魚繁昌記』装幀には酒を入れる革袋を使い、古い和本を切り取り、書名に合わせ虫喰いの部分を貼った。他に、蚕卵紙(蚕に卵を産みつけさせる紙)や傘の油紙、竹、フロシキ、和洋の古文書を使ったり、特殊な香料をインクに混ぜたり。廃物利用で、自ら「ゲテ装」と呼んだ。手作業の限定本ゆえ、流通は書店注文か読者直接注文のみだった。

斎藤は書誌学者でもある。昭和初期、岩波書店が初めて『露伴全集』を出版するとき、内容見本を見てその不備を手紙で指摘した。面識のなかった岩波茂雄から「御援助を乞ふ」の返信があり、多くの露伴作品を提供した。しかし、一部しか採用されず、「好意奔走は全く裏切らるゝ」全集だった。斎藤怒り爆発、「放慢なる『露伴全集』」を発表、岩波の編集と経営を《……地口的に云へば「揃はぬ全集」であり、「そろばん全集」であることを断言する。》と批判している。斎藤が望んだ『露伴全集』が出版されるのは戦後になる。

著者は1953年東京生まれ、文筆家・編集者。こちらを。


(平野)今月は本買えないかもしれない。

2017年7月4日火曜日

大楠公 楠木正成


 大佛次郎 『大楠公 楠木正成』 徳間文庫 199010月刊

戦前、新聞雑誌に連載した楠木正成シリーズ。
「大楠公」 1935年「朝日新聞」連載(正成戦死600年記念)。
「みくまり物語」 43年「毎日新聞」連載。
「楠の葉蔭」 43年「週刊朝日」連載。

 


当然時勢には気を遣っている。でもね、決まり文句の戦意高揚熟語はない。足利方を悪者にしていないし、正成を悲劇のヒーローに仕立てていない。
 大佛の〈正成〉評は「正直で、きれい」。
 尊氏は正成の首を検分した後、「故郷へとどけてやれい」と命じる。

《「この男だけには、最初から俺れも一目置いていた。何としても、ほかの人間とは違っていた。正直で、きれいだった。また戦のことになると、当代は愚か、昔にもこれだけの名将がおったかどうか……と思うことがあった」》

(平野)うみねこ堂書林にて。

2017年7月3日月曜日

淀川長治自伝


 『淀川長治自伝 上・下』 中公文庫 
19889月再版(8月初版)
82年から3年間「キネマ旬報」に連載、85年中央公論社から単行本。

ずっと近所の神戸市立中央図書館・郷土資料コーナー(館内閲覧のみ)でお世話になっている。古本屋さん〈1003〉で見つけて購入。
 
 

 自伝執筆時、淀川は73歳から75歳。幼少時の活動写真時代から観てきた映画の思い出に自らの歩みを重ねる。個々の映画について、俳優や監督について、出会った人たちについて、育った神戸のまちの様子について、語る。その記憶力に驚くとともに、それぞれへの愛と情熱が伝わってくる。

 淀川は2歳で光と影がつくる映像のようなものを発見した。廊下にかくれんぼうのようにしゃがんでいた。

……それは、閉めきった雨戸の小さな穴からの光がせまい廊下の障子に戸外の風景をさかさまに映じ、それが戸外の表通りを歩く人や人力車や馬車の動きをそのままに色彩をも加えて、白い障子に思わざる鮮やかさで小さく動きながら浮かびあがらせているのだった。二歳の私はこんな面白いものをみんながどうしてもっと大騒ぎして見ないのかと思い、きっとこれは誰もまだ気がつかぬのであろうと、私は私ひとりのひみつの「自分のたからもの」ときめこんだのであった。》
 
《私は自伝などおこがましくて。しかしこれを書きたくなったのは、この「目」で見てきた「映画の足跡」が書きたかったからである。しかし自伝とひらきなおったからには、私が生まれ育ったわが家の家系のことも伝えねばなるまい。(後略)》

 家業のこと、ルーツのこと、家が文なしになったこと、深い家系の傷なども告白する。

(平野)

2017年7月1日土曜日

まど・みちお詩集


■ 『まど・みちお詩集』 谷川俊太郎編 岩波文庫 740円+税

 まど・みちお(本名・石田道雄)は20142月、104歳で亡くなった。生い立ちや詩について語ったエッセイも収録。

まどの年譜を見る。1951年、教育家に童謡を依頼され、「ぞうさん」他を書いた。翌年、先輩詩人・佐藤義美がNHKラジオ「うたのおばさん」に持ち込み、團伊玖磨が作曲。このとき、佐藤が原詩「おはながながいね」を「おはながながいのね」と改稿した。
 
 

カバー写真は「やぎさんゆうびん」草稿の一部。2番、手紙を食べてしまった〈くろやぎさん〉が〈しろやぎさん〉に電話する。電話だったら、堂々巡りにならない、面白くない。

「やぎさんゆうびん」は53NHKで放送(團伊玖磨作曲)。私は「さっきの てがみの ごようじ なあに」と覚えているが、本書では「さっきの おてがみ ごようじ なあに」となっている。まどは、他の行に「おてがみ」と書いたし、相手から来た手紙なので、発表後に直した。

《ところが、あとになって私は、この末行は手紙をたべてしまうほどの頓馬山羊の発語なのだから、その語法も頓馬であってこそ相応しいのだ、と気がつきました。要するに原作に戻したくなったのです。》(おっちょこちょいの見栄っ張り)

 でも、ほとんどの人が「てがみの~」で歌っているように思う。

(平野)
「ぞうさん」を「おはなが ながながな~」と歌っていた。

 

2017年6月25日日曜日

触媒のうた


■ 今村欣史(いまむら・きんじ) 
『触媒のうた 宮崎修二朗翁の文学史秘話』 神戸新聞総合出版センター 1800円+税

 今村は詩人、西宮で〈喫茶・輪〉経営。本書は〈出石アカル〉名で『月刊KOBECCO』(神戸っ子出版)連載をまとめたもの。

 今村作品を宮崎が審査・講評したのが縁。宮崎が今村の喫茶店をたびたび訪れ文学談義。宮崎には文学史、民俗学の著書多数あるが、今村は直接聞き、得た貴重な記憶と証言を本書に書き残す。
 
 

「宮崎修二朗?」という人も多かろう。
 1922年長崎市生まれ、41年文部省図書館講習所卒業。51年神戸新聞社入社、出版部長、編集委員、「のじぎく文庫」初代編集長。
 58年、神戸新聞社は「のじぎく文庫」という「県民の手で県民の本を出版しようという年会費制の出版運動」を始め、宮崎は編集長に就任。ちょうど新聞本紙で柳田國男の伝記連載が決まり、宮崎に口述筆記が命令される。編集局長からトイレで聞かされた。今夜上京せよの社命。

……朝顔のナフタリン玉を転がしていた放水が一瞬止まりましたよ。……

 相手は大学者・柳田である。「キミ勉強が足りませんね!」と叱責される。質問すれば拒否・無視される。柳田は宮崎の著作『文学の旅・兵庫県』(神戸新聞社、1955年)を読んでいて、柳田の兄の短歌を批評した部分が気に召さなかったらしい。

《そしてついに、「ぼくは嫌われて途中で放り出されました」と。門前払いではなく、一旦入った門の中から放り出されたのだ。》

 もうひとつ理由があった。柳田が隠してきた生家・松岡家の暗部を知ってしまった。柳田が口述中「ほんの数語、まったくこぼれ出たという感じで」、兄嫁の入水事件に触れた。

 書名の「触媒」について。宮崎の著書『ふるさとの文学――兵庫縣文学遺香』(上記『文学の旅~』が増刷されず、57年自費で改訂版出版)、父母に宛てた「あとがき」にある。

……わたしにとって、第二の故郷ともなったこの兵庫県と、心の故郷ともいうべき文学を結びつけようという私のねがいは、一日も忘れたことはありませんでした。/私は、自分の貧しさを知れば知るだけ、自分が世の人々にささげうるものは、こうした触媒の役目以外にないということを、改めて自覚しているのです。(後略)》

 宮崎は講習書時代、同期生や教授陣のレベルの高さに自分の無力を思い知らされた。触媒についての講義に感銘を受け、生き方を定めた。それを貫いてきた。
 帯の推薦文は出久根達郎。
(平野)ほんまにWEB、母・しろやぎさん投稿。間違いです。母・くろやぎさんです。お詫びと訂正。

2017年6月20日火曜日

プレイガイドジャーナルよ


 村元武 『プレイガイドジャーナルよ 19711985』 東方出版 1600円+税

『プレイガイドジャーナルへの道 19681973 大阪労音――フォークリポート――プレイガイドジャーナル』(同社)続編。

『プガジャ』はB6判、100円のミニコミだった。雑誌自らイベント・コンサートを企画し、新しい劇団を呼んだ。海外旅行を企画した。『~街図』とか『バイトくん』など単行本も出した。本誌の執筆陣、連載、特集などメジャーの情報誌とは一味二味違う〈読める雑誌〉だった。編集者たちはしんどくても楽しんで作っていただろう。メジャー系と同じB5判にした時、読者はがっかりしたというか、〈敗北〉を感じたと思う。当時はそうするしかなかった。村元はそのことも改めて問うている。

《「プレイガイドジャーナル」の15年間、苦楽をともにしてきた多くの仲間たちに感謝します。30年後のいまから見れば、ほんの一瞬のようでもあるし、長い一編の物語のようでもあります。同時代を生きた読者の方々も含めて、往時を振りかえるとき、断章でも思い出していただければ幸いです。》

 


30年以上前の話。その後、イベント情報誌にメジャーがいろいろ参入したが、今はもうどれもない。

(平野)

2017年6月15日木曜日

トーク 鳥瞰図を歩く


 トークイベント 鳥瞰図を歩く――150年前の神戸めぐり――

青山大介(鳥瞰図絵師)と神木哲男(神戸大学名誉教授)トーク

日時:77日(金) 1830~ 

会場:こうべまちづくり会館

定員80名 申し込み先着順

資料費 1000

主催 (株)くとうてん 共催 こうべまちづくり会館
 こちらを。
http://kutouten.co.jp/

 


《鳥瞰図絵師独逸遠征凱旋記念講演》と勝手に宣伝。
 絵師の独逸訪問記は、
https://twitter.com/Kobe_UW

(平野)

2017年6月14日水曜日

あるかしら書店


 ヨシタケシンスケ 『あるかしら書店』 ポプラ社 1200円+税

 新聞広告(予告)を見て発売を待っていた。絵本作家が描く理想の本屋さん。どういうわけか、毛がなくて、おヒゲのおじさん。お客さんのリクエストに、独自の選書で応える。
 
 

《このお店は「本にまつわる本」の専門店。
店のおじさんに
○○ついての本って あるかしら?」ってきくと、
たいてい「ありますよ!」と言って
奥から出してきてくれます。(後略)》

『「作家の木」の育て方』
 本に種をはさんで埋める。生長に合わせいろいろな本を読み聞かせて育てると、「読書の秋」には本の実がなる。手間はかかるが、上手に世話をするといい本ができる。でもね、ほめすぎると他の木がスネて実をつけない恐れあり。

他に、『読書サポートロボ』『読書遍歴捜査官』『本のお祭り』などなど。
 ただ、『大ヒットしてほしかった本』はあるが、『必ず大ヒットする本のつくりかた』みたいな本を求められても、おじさんは「あーー。それはまだ無いですー。」

 一篇一篇、いろいろ考えせてくれ、笑える。
(平野)
 ほんまにWEB「海文堂のお道具箱」更新しています。

 

2017年6月10日土曜日

チャップリン


 大野裕之『チャップリン 作品とその生涯』 中公文庫 920円+税

大野は1974年大阪府生まれ、映画・演劇学研究、日本チャップリン協会会長。推薦文の黒柳徹子は名誉会長。
 大野は小4のときテレビで『独裁者』を見て、チャップリンのすごさを知った。読者がチャップリン映画の魅力を発見することを願う。

《悲しいことに、世界はますます混迷を深めている。頻発するテロや人種の対立、不寛容な指導者たちの登場を指して、新たな戦前を危惧する声もある。/そんな時代だからこそ、あくまで自由なチャーリーと、悲しい時は一緒に泣いて、どん底にいる時でも笑顔を忘れないでいたい。そして、社会の不条理に抗して闘うことのできる唯一の武器とは、あの愛に満ちた笑いであるということを思い出したい。――そう、今こそ私たちには、チャップリンの、温もりのあるユーモアがどうしても必要なのだ。》

 チャップリンは大の親日家。その初来日時(1932年)、ちょうど海軍将校らによって犬養首相暗殺事件〈五.一五事件〉が起きた。チャップリンも将校らによって標的にされていた。偶然と日本人秘書の気配り、それに自分の「気まぐれ」行動でテロを免れた。大野は当時を再現して、「このときの海軍将校側とチャップリン側の動きは、まさにサスペンス映画を地でいく展開」と書いている。
 
 

(平野)
 

2017年6月8日木曜日

ぼくの宝物絵本


 穂村弘 『ぼくの宝物絵本』 河出文庫 740円+税

歌人が名作絵本を紹介。オールカラー。初出『月刊MOE』(白泉社、200709年)他、単行本も同社から2010年刊。
 
 

《ごちゃごちゃと複雑な苦しみに充ちた現実から逃げたくなることは誰にでもあると思う。だが、その方法はひとによっていろいろだ。(中略)私の場合は、絵本やきれいな紙モノ(絵はがき、ポスター、メニュー、楽譜、ビュバーなど)をみたり買ったりすることがそれに当たる。日本の成人男性としては比較的珍しい趣味かもしれない。(後略)》

 絵本は子どもだけのものではない。知らない名作がいっぱいある。子どもの時に読んだ本も読み直したい。

《忘れていた懐かしい絵本や未知の輝きをもった絵本に出会うと、脳から液が出る。買って買って買いまくると、夢のように楽しいのだ。》

(平野)
 本は楽しむものだと思っている。悲しい話、辛い話、怖い話はできれば避けたいが、深刻なテーマは著者を信じて読む。落ち込むような本は自分の勘を信じてなるべく近寄らないが、もし読んでしまったら忘れるようにする。
 私は本読んで目と鼻から液がよく出る。

2017年6月6日火曜日

近所の古本屋さん

■ 近所の古本屋さん

 66日九州は梅雨入り、近畿も時間の問題。でもね、今日はいいことがいっぱい。
 女子の古本屋さんと電話、海文堂同僚と遭遇、NRくららさんからメールなどなど。
 そのうちのひとつ、神戸市兵庫区荒田町の古本屋さん〈蚊帳文庫〉初入店。これまでお店の開店時間と私の行動時間が合わず、何度もすれ違い。大倉山の中央図書館から西へ向かって、神戸大学医学部を通り過ぎ、有馬街道を渡った坂の途中。児童書、実用書、映画・音楽書充実。
 文庫3冊、600円也。


 
昔このあたりにコーべブックス編集長の家があって、一度だけおじゃました。見たこともない本がズラーっと並んでいた。

 もうひとつ、「朝日新聞」夕刊に内澤旬子さま記事。小豆島で獣肉加工場建設計画。
 
 

(平野)
 同じ新聞で「うんこ漢字ドリル」記事。例文すべてに「うんこ」が出てくる。
 昨日(月曜日)近所の小学生は土曜日運動会で代休。「どこ行っとったん?」と訊ねたら、「えー、うんこしとったん?」と返された。ドリルを持っていた。大笑いした。
 記事より、NPO日本トイレ研究所代表の話。
《恥ずかしいから学校でトイレに行けない、という児童は多い。排泄行為に対するマイナス感情も根強くある。ドリルのブームが、正しい排泄への知識につながるきっかけになればいい》

2017年6月4日日曜日

アンクル船長の夢


 展覧会『柳原良平 アンクル船長の夢』パンフレット 
公益財団法人尼崎市総合文化センター 100円(税込)

展覧会は尼崎市総合文化センター美術ホール、79日(日)まで。
〈船の画家〉柳原の創作活動を中心に紹介する。






船の画家を志す  中学高校時代のスケッチ、京都市美大工芸科入学
デザイナーになる アンクルトリスの誕生  寿屋(サントリー)宣伝課での広告、CM
船の画家になる  広告会社設立、「アンクル船長」誕生
アンクル船長は世界を旅する  趣味と取材を兼ねて世界旅行
絵本のしごと  創作絵本

 柳原は1931年東京生まれだが、父の転勤や戦災で京都、西宮、豊中で育つ。44年兵庫県立尼崎中学校(現在県立尼崎高等学校)に転校、美術部に入部、また船舶同好会結成。毎週大阪港にスケッチに通った
(平野)
コースターは入場記念プレゼント。館内スタンプラリー、ぬりえコーナーあり。入口とバーカウンターは撮影OKです。


2017年6月1日木曜日

表参道が燃えた日


 『表参道が燃えた日――山の手大空襲の体験記――増補版』 20082月初版 20098月増補版

 『続 表参道が燃えた日――山の手大空襲の体験記―― 20116

制作・発行 「表参道が燃えた日」編集委員会 


 価格は両書とも[900円税込](5%時代の表記)、8%換算で926円。表参道の山陽堂書店で購入。同店は1891(明治24)年創業の老舗、この街とともに歩んできた。

 関西のおっさんは、おしゃれで上品なファッションの街という印象で、近寄りがたい。しかし、この街も大空襲で大きな被害を受けた。
 1945310日の「東京大空襲」では、本所、深川、浅草、日本橋など東部の下町が焦土となり、死者は10万人を超えた。4月中旬から空襲は山の手地域に広がった。52526日に投下された焼夷弾は〈3.10〉の倍にのぼる。犠牲者ははるかに少ない。

《このことは地域の立地条件の違いや建物疎開がされたことや空襲の連続で老人や女性、子供たちの疎開が急速に増えたことも一員といわれるが、三月十日の空襲の経験から、住民が消火活動より早く避難することを選んだためと思われる。しかし爆撃を受けた市街の惨状、人々の恐怖は三月十日の空襲と変わらなかった。》

「続編」に、山陽堂書店に避難させてもらった人の体験記が寄せられている。

「山陽堂さんに助けられて」
 若林さん一家はすぐ近所の善光寺の裏手に住んでいた。母親は隣組の見回り、若林さんは妹とふたりで逃げた。

《表参道に来たら風がひどく、掻巻があっという間にくるくると飛んで行き、毬のように飛ばされ、電柱にぶつかりパッと燃えました。その時の光景が今でも目に浮かび忘れられません。/山陽堂書店さんの戸をたたいて、何人か入れていただきました。周りを見渡しましたら姉がいましたので喜び、どんどん燃えている外を怖々見ながら、母がどうしているか心配で生きた心地がしませんでした。(後略)》

 時間が経って23人の女性が店に入って来て、手と顔に大火傷をした母親と再会。

(平野) 
 山陽堂書店、昨夏訪問時はお休みで、谷内六郎壁画だけ撮影して帰った。書皮の絵は和田誠。

〈ほんまにWEB〉「奥のおじさん」更新。